映画「永遠の0」を見て思う…特攻…69年前の夏は戦争だった

先日、岡田准一さんが主演の「永遠の0」という映画を見た。

司法浪人生の健太郎(三浦春馬さん役)は、自分の実際に血のつながりのある祖父が

特攻で亡くなっていたという事実を知り、「おじいちゃん」がどういう人物だったのか、

当時の関係者から話を聞き、真実を探り出していく。

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そこには特攻で死んだとは思えない人物像があった。

「戦争で命を捨てることは美徳」という風潮の中で、命を惜しみ、部下の命をなるべく

救おうとした人物。部下に「この戦争が終わった後の日本のために生きて下さい。」

と諭す人だった。69年前は「命をいつくしむこと」は「腑抜け」とされた。

当時、軍部にあってその流れに抵抗することは反って「腑抜け」ではできなかったことだと

思う。流されるように自分の命を差し出す方が楽だった。軍隊で上官に逆らうと酷い目に

合った。そんな時代が私たちのおじいさんの時代だったのだ。

私たちがリゾートして行きたいと騒ぐ、沖縄やサイパンやグアムは69年前は戦地だった。

戦争という時代の生き証人は年々少なくなり、遠い昔の話として片づけてしまいがちな

いま、その時代に生きた人が、「安倍首相の舵取り」を危険と感じている。

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磯部さんにとって、終戦は「失職」を意味した。新婚の身で公職追放となり、新たな食いぶちを得るのにも厳しい道が控えているのは予感していた。だが、「想像以上だった」と振り返る。

 

 経済面のみならず深刻だったのは、「思想的にもすっかり虚脱状態になった。それまでは軍国主義だったが、間違いだった。じゃあ、何が正しいのかということが簡単につかめなかった」。たたき込まれてきた教えが、敗戦とともに根本から覆されたのだ。

 

 周囲の目も一変した。霞ケ浦海軍航空隊(茨城県)で教官を務めていた1944年6月、訓練中に空中火災事故に遭った。全身にやけどを負い、三日三晩、生死をさまよう重体。顔に整形手術を施す大けがだったが、同乗していた訓練生を先に脱出させたことで英雄視された。

 

 「私の傷痕は終戦の8月15日までは立派な勲章だった。どこでも大威張りで出入りできたけど、戦争が終わって敗戦軍人になると、勲章でも何でもなくなった。単なる醜い顔になるわけで、それはショックだった」

 

 自宅で写真館を始めたが鳴かず飛ばず。その後も職を転々とし、「泥水をすすり、草をかむような貧乏暮らし」を送った。

 

 軍国主義に絶望し、職場での労働運動をきっかけに反戦、平和思想に傾倒するようになった。80年に民間航空会社を定年退職した後は「日中友好元軍人の会」などに入り、戦争体験を語る活動を続けた。

 

 安倍政権が集団的自衛権の行使容認に踏み切った今、日本を取り巻く安全保障政策の変容に危機感を覚える。「一つの大きな壁を破った。戦争へ戦争へと向かっている気がする」と懸念する。

 

 「戦争は一つの方向性が決まるとやめられなくなる。始めるのは簡単だが、やめるのは大変。安倍首相は戦争を知らない。戦争を何か格好いいものと考えているようだが、とんでもない間違い。戦争ほど残酷なものはない」。残り少ない体験者の叫びだ。

 

 69回目の終戦の日を迎えたこの日、磯部さんは自宅で静かに過ごした。胸に去来するのは、「一言で言えばおわびですね。世の中に対する謝罪。末席ではあったが、私も幕僚の一員だった。本来なら戦争体験を語る資格はない。今まではそういうことをあまり考えなかったが、最近はつくづく感じる」。

 

 海軍兵学校時代の仲間は年々減り、首都圏で存命している同期は磯部さんだけという。自身もこの先いつまで語り継げられるか。

 

 戦争に加担した自己批判から歩み出し、反戦の信条を築き上げてきた69年。導き出した使命は明快だ。「命ある限り、戦争反対のために尽くしていく」   

神奈川新聞 2014.08.16 10:43:00】 より抜粋引用

 

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実はこの記事の「磯部さん」は、私の友人の叔父であり、私の父母の友人である。

「永遠の0」を見て海軍で飛行機に乗っていた「磯部さん」のことを思い出していたら、

この記事に出会った。

幼少時に近所に住んでいた「磯部さんのおじさん」の顔はどうしてやけどしたみたいに

なっているのか聞きたかったけど聞けなかった。その答えを見つけて正直驚いた。

いままた、日本が戦争に巻き込まれるやもしれない雰囲気があると

危惧している人たちがたくさんいる。

1945年8月15日から69年、戦争の話を過去のこととして切り捨ててはいけないと思う。

 

 

 

    
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