インフルエンザ脳症が原因で幼児が脳死という事実に驚いた

2月24日、日本臓器移植ネットワークの発表によると、東海地方の病院にインフルエンザ脳症で入院していた6歳未満の女の子が、脳死と判定され、今後3人に臓器提供が予定されているという。これまでに脳死判定された366例の中で、インフルエンザ脳症が原因の疾患とされたのは初めて。

【ネタ元 共同通信2016/2/24 18:47 】

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臓器移植の件よりも、インフルエンザが原因で脳が死んでしまったりする場合があるということの方に驚かされたニュース。

インフルエンザ脳症について調べてみた。

発症するのは主に5歳くらいまでの幼児が多く、インフルエンザウイルスが直接脳内に入り、炎症を起こすのがインフルエンザ脳炎で、脳内にはウイルスが検出されないが、体が過剰な免疫反応をみせるものをインフルエンザ脳症というようだ。

より重篤なものがインフルエンザ脳症だという。

インフルエンザ脳症についてはhttp://www.yoshida-cl.com/6-byo/huru-4-e.htmlを参照した。

インフルエンザ脳症を発症したお嬢さんを持つお母さんの手記を引用

http://ha7.seikyou.ne.jp/home/KandN/musume.htm#経過の詳細 より

 

平成10年2月11日、4回目の誕生日を迎える前日のことでした。その日は朝から微熱があり、少し前にひいていた風邪が治ったばかりなのに、またひいてしまったのかと思っていました。
誕生日を翌日に控え、お友達にプレゼントをもってきてもらって、はしゃいでいました。
夕方から38度位に熱が上がり始めましたが、特に変わった様子はありませんでした。
その頃夫は仕事が忙しく、その日も休日出勤をしていたのですが、翌日に誕生日を祝うことができないので、早めに帰ってきてくれました。楽しみにしていたプレゼントをもらった彩花は、すごく喜び、ご満悦でした。
食欲はありませんでしたが、大好きなケーキは少し食べました。
しばらくしてからもどしてしまったものの、熱があるとよくもどす子だったので、特別な様子だとは思いませんでした。熱は39度近くになっていました。明日はまた幼稚園を休ませて、病院に連れていかないといけないなあ程度に考えていました。9時頃夫が寝かしつけてくれ、後で聞いた話なのですが、こんなことになろうとは露も思わず、最後にかけた言葉は、「大丈夫やで、ねんねしいや」だったそうです。

寝ついてから15分くらいした頃、変な息づかいに気づきました。
様子を見にいってみると、けいれんを起こしていました。
今まで起こしたことはなかったのですが、最初は熱性けいれんかと思って様子を見ていました。しかし、10分経っても止まりません。お隣に住んでおられたマンションのオーナーがお医者様でしたので、慌てて診てもらいました。坐薬を入れてもらいましたが、けいれんは止まらず、結局近くの救急病院に連れていき、点滴で止めてもらいました。頭のCTを撮ってもらいましたが異常はなく、熱性けいれんが長引いたのだろうとおっしゃっていました。しかし、翌朝脳波検査を受けたところ、徐波が出ていて、脳炎などの疑いがあると聞かされたのです。
そして12日昼頃、公的病院へと転送されました。ふるえたり、かたくなったり、つっぱったりとけいれんが続いていました。そのけいれんを抑えるため、薬で眠らされていました。2月16日頭部CTの結果、脳に浮腫が認められ、このまま腫れが続けば、脳幹部を圧迫し、生命の危険があると告げられました。そして初めて「脳症」との診断があったのです。

懸命なる治療のかいあって、18日には脳の腫れはひき始め、19日からは抗けいれん薬が徐々に減り、21日には生命の危険は脱したことを告げられました。だんだんと目を開けられるようになってはきましたが、見えているのかどうかはわからず、呼び掛けに反応するようなこともありませんでした。そして、今度は足をバタバタさせて、暴れだしたのです。

23日のCTでは脳の浮腫は消失し、25日のMRIでも脳に特に異常は認められませんでした。26日には入院5日後の血液検査の結果が出て、血中インフルエンザ抗体価の上昇が認められ、「インフルエンザによる」ということが明らかになりました。また、体に触られることを嫌がるようになり、暴れ方は徐々に激しさを増していきました。反りかえって頭と足でブリッジ、首を振り回して頭を打ちつける、手も振り回す、足で蹴って飛び跳ね、寝返る、ベッドから飛び出さんばかりの暴れようで、その爆発的な力は普通では考えられないようなものでした。ほとんど眠らない、薬を使わないと眠らない、薬を使っても短時間しか眠らないというような状態が続きました。

ベッドの柵はすべて毛布で覆われ、抑制されたこともありましたが、それでも打ったり擦ったりの傷がいっぱいできました。ほんと何かにとりつかれたようでした。そんな中、ちょうど発病から1カ月経った3月12日、MRI検査の結果を聞かされたのです。脳全体が萎縮していて、あまり回復は期待できないということでした。

大暴れがようやくましになってきたのは、発病から1カ月半程経った頃で、物を少しだけ目で追うようになったり、物に少し手が出るようになったりし始めました。また、リハビリが始まりましたが、最初は首も坐っていませんでした。しかし、徐々にではありますが、回復し始めたのです。首が坐り、寝返りができ、不安定ながらおすわりもできるようになりました。

本格的な訓練のため、5月中旬に転院してからは、おすわりが安定し、よつばいをし始めるようになりました。そして6月30日退院の日を迎えたのです。退院後も訓練を続け、7月13日ついに歩くことができました。

あれから1年余りが経ちました。歩行は未だ不安定ではありますが、運動面は本当によく回復してくれました。食事も離乳食のドロドロから始め、今ではなんとか普通に近い食事がとれるようになりました。しかし水分の摂取が充分にはできず、今でも鼻から胃までのチューブを留置していて、そこから水分と抗てんかん薬の注入をしています。自分で食べることはできず、食事も着替えもすべてお世話が要り、おむつをしています。知的な面の回復は遅々としていて、まだまだ赤ちゃんのようです。言葉は理解できないし、話すこともできず、名前を呼ばれても振り向くことはありません。危険の認知はできないし、なんでも口に入れてしまいます。遊びはおもちゃを口にもっていったり、手で触ったりする程度で、それを使うということはできません。人とのやりとりを楽しむとか、真似をしてみるとかいうこともまだ難しいようです。感情の表現が乏しく、痛みなどに対する感覚も鈍いためか、泣くことはありません。一瞬しか見ることができなかったのが、じっと見れるようになったこと、多動が少し落ち着いてきたこと、食べ物の好みがはっきりしてきて、嫌なものには抵抗すること、抱かれることを嫌がらなくなったこと、少しは人を意識するようになったこと、親への愛着のようなものはたぶん感じてくれているのではないかと思うこと、嬉しそうな顔、時には少し声も出して笑ってくれること。大きくはないですが、ゆっくりではありますが、嬉しい変化もあります。

また、後遺症としてのてんかんの発作は昨年6月の退院直前に判明し、以降連日発作に悩まされ続けていましたが、今年3月から4月にかけての3週間の入院により、なんとか今は発作を抑えることができています。これが、我がひとり娘彩花と私達夫婦の体験です。

 

    
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